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悪路王(八幡神社)
坂上田村麻呂が盗賊である悪路王あくろおうを討つため、祭壇を設けて祈ったのが神社の始まりと伝えられる
阿古耶の松
あこや姫の元には、夜毎に松の木の精が通っていた。切り倒された松が運ばれるとき、松と何事かを囁き合っていたとされる。これがささやき峠であり現在の笹谷峠の語源。姫が植えたとされる、あこやの松もある。
朝日神子(朝日神社)
奥州藤原氏を討伐する道中の源頼朝が立ち寄った際、朝日が見えたのが神社の由来。ここでは朝日神子が近くの子らに手習いを教えた場であり、百日咳を治す力を持っていたと言われる。彼女は治水や開墾にも関わり、近くの社に祀られている。
汗かき阿弥陀(大光院)
村に厄災が迫ると、汗をかいて知らせると伝えられている。
雨乞のイチョウ
柴田町大字入間田字雨乞にある。地名が示すとおり、雨乞いが盛んにおこなれていてた。根元付近の湧き水が枯れることはないと伝えられている。
雨降石
雨降石は津森山の山頂付近にある。相州の雨降山から勧請されたもので、かつてはこの石に対して雨乞いが行われた。
荒脛巾(荒脛巾神社)
民間信仰の神。腰から下の病に効くとされる。男根や女陰などをかたどったものが納められている。
おかっぱ様(磯良神社)
激流の川を泳ぎ、坂上田村麻呂を助ける手柄を立てた東右衛門という男が、河童の姓と土地をもらった。死後には河童明神として祀られた。御神体は河童の木像。水難よけ、安産、足腰にご利益がある。
北目城の毘沙門天(毘沙門堂)
粟野大膳が守っていた北目城は、伊達政宗が攻めたが容易には落ちなかった。大膳が信奉する毘沙門天の加護のおかげと考えた政宗は、大膳よりも立派な毘沙門堂を建てると願をかけた。その後に北目城は落ち、政宗は毘沙門堂を建てた。しかし、他人にも加護があっては困ると考え、政宗は毘沙門天を捨ててしまう。拾った地元の人が祀っている。
天皇塚(定義如来西方寺)
平家滅亡の際、非業の死を遂げた安徳天皇の遺品が祀られている。ここには二本が一つになった縁結びのケヤキがあったが、枯れてしまって根だけが残る。周りにはこのケヤキの「子孫」が残っている。
七不思議(満興寺)
一夜にして桂の大木が生えた、干ばつ時にも枯れない水、近隣に異変が起きるときに白蛇が現れて知らせるなど、七不思議がある。
根無藤
安倍貞任が撤退する際、藤の鞭を残していったが、後に根のないこの藤が咲いた。現在は木はなく、地名だけが残る。
常陸坊海尊(青麻神社)
1682年、天狗であり、源義経の家来でもある常陸坊ひたちぼう海尊かいそんと名乗る老人が現れ、村人の目を治すなどいくつかの霊験を示した。そのため、ここで祀られている。
藤原実方の死(佐倍乃神社)
阿古屋あこやの松を探す際に立ち寄った国司の藤原実方さねかたが、笠島道祖神の前を下馬せずに通ったため、落馬して亡くなったと伝わる。
藁人形の登った滝(秋保大滝)
鳥居忠政と立石寺が対立し、円海上人が忠政への呪詛を行った。満願の日、秋保あきうお大滝に投じられた藁人形が滝を登ったという。
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