お茶子地蔵──蛇と娘の話

 観音正寺のある衣笠山に、お茶子谷というところがあり、お茶子地蔵と呼ばれてる1mほどのお地蔵様があります。お茶子というのは女性の名前ですが、伝わっている話は2つあります。  1つ目は、佐々木氏の側室になった女性の話。 お茶子は美人で知られていた豪族の娘。この辺りを支配していた佐々木(六角)氏の殿様の側室となった。殿の寵愛を受けたお茶子だったが、他の女達から妬まれ、換言されることになる。 殿はその話

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姫塚──落城と姫君と祟りの話

姫塚は、滋賀県の日野町にひっそりと存在する、地元でもあまり知られていない石碑になります。 その経緯は案内板があり、そこに全部書いてありますが。 上迫城が戦国時代に落城した。その時の姫君がこの辺りで自害し、村人が塚を作りダマの木を植えて供養した。大木になった木を寺の薪に使った所、その寺は全焼したため、再び木を植えなおした。昭和34年に道路工事で塚がなくなることになったため、石碑を建てた。 ということ

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入谷の千人塚

かつて入谷村は金鉱で栄えていたが、掟を破って遊女を連れ込んでいたところ、坑道が崩落して数百人が死んだ。それを弔うための石碑があるそうです。 山の女人禁制はよく掟として存在します。山の神が嫌うとか、山の神が女の場合は嫉妬するとか言われます。遊女と崩落は偶然なんでしょうけれど、昔は関連付けて考えられたことでしょう。 場所ですが、ここにあるそうです。ただ、細かい場所まではわかりませんでした。 http:

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乗馬したまま池に落ち、馬だけ戻ってきた話──伊三池

新潟市の新発田街道は不自然にカーブしていますが、これは以前は伊三池があったからだそうです。伊三というのは人の名前で、池も伊三(いざ)池と読みます。こちらに墓があることが書かれており、伊三は水害を守った人であったらしいことがわかります。 伊三の墓|ニイガタカラ.Net こちらが今回、調べようとした元ネタの方です。 伊三が馬に乗り池の前を通ると、馬は池に入っていき、馬は生き延びたが伊三は溺死した。池の

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千人の垢を落としたら如来が出てきた件

法華寺には浴室があります。これは「から風呂」である、蒸し風呂の一種です。作られたのは奈良時代ですが、建物自体は明和3年(1766年)に再建されたものになります。 ここで起きたとされる伝説は、以下のとおりです。 光明皇后は聖武天皇の后です。皇后は庶民の救済にも力を入れ、施薬院(やくいん)を作り、庶民のために薬を与えました。救済の一つとして、この浴室で千人の病人の垢(あか)を流す業を行ったところ、千人

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キミテズリ

今回は琉球の神についてです。 琉球国にキミテズリという神が出現し、その前に国上の深山にアヲリという物が出た。五色鮮やかで荘厳なものであり、三の岳に3本出たという。これは非常に大きく、一山を覆い尽くすほどだった。10月に必ず出たという。 キミテズリ,アヲリ | キミテズリ,アヲリ | 怪異・妖怪伝承データベース こちらが調べようとした元ネタです。君手摩(キミテズリ)は、王が即位するときに出現する女神

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人魚塚

今回は人魚の話です。 日本最古の人魚の話というのが日本書紀に書かれています。記述は以下のようなもので、推古天皇の27年(西暦619年?)に、蒲生川で人魚が見つかったという内容です。 「蒲生河に物有り。其の形、人の如し」 また、何故か同年に堺の方でも人魚が見つかったらしく、どうもこの年は何かあったのかもしれません。 さて、日本書紀には詳しく書かれていませんが、この人魚は三体らしいということです。 蒲

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生きている絵馬──三重県・津観音

津観音にある、抜け出る絵馬の話です。絵馬というものはよく馬が抜け出るらしく、特に狩野法眼作のものはよく出歩きます。 こちらの狩野法眼作と言われる絵馬は、抜け出たために作物を荒らしたため、網を被せられたとか。ただし、第二次大戦の戦災で焼けてしまい、現在は復元されたものであるそうです。 津観音は、三重県津市にあります。日本三大観音にも数えられるそうですが、恥ずかしながら知りませんでした。五重塔は新しい

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牛石塚──堺市

また調査ネタ元は妖怪DBです。 牛石塚とよばれる、大きな牛が横たわった形の黒い石がある。神の地として人々は近寄らない。昔この石を切ったところ、血が流れて池に流れ込んだ。その池を半分血池、大方血池、大方池、ハブ池などという。 牛石塚 | ウシイシヅカ | 怪異・妖怪伝承データベース 牛石塚で調べたところ、なかなか見つからず。池の名前を手がかりに、ようやく探し当てました。 牛石塚とは、堺市にある牛石古

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川嶋の大蛟

川嶋というところが岡山倉敷市にあり、そこに大蛟(おおみずち)がいたという伝説があります。 蛟というのは、竜のようなものです。それが県守(あがたもり)という人物に退治されたという話になっています。仁徳天皇の頃となっていますので、五世紀頃と思われます。 仁徳天皇の67年、川嶋河に大虬が現れ、近付く人は皆毒にあたって死んだ。そこで力の強い県守が、3つの瓢箪を河に投げ入れ、この瓢箪が沈んだら汝を殺さないが

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